東京高等裁判所 昭和24年(を)2888号 判決
麻薬取締法第一條の定義する麻薬の慨念は各種の麻薬の名称を列挙したものでなくて、麻薬の科学的な性質を示した抽象的慨念であり、且それは法律的慨念であることは所論の通りであるが、他方社会的に麻薬と総称されて名称自体から同法の取締を受ける麻薬であることが一見明瞭な薬品も存在することは顕著な事実である。従つて麻薬取締法違反の犯罪事実を判示するには、各種の薬品の名称を挙げ、これが麻薬であることを判示するを以て足り、当該薬品が名称自体から一見麻薬であることが判明しないような特別の場合の外は一々麻薬取締法第一條同法施行規則のいずれの麻薬に該当するかの法的根拠迄も示す必要はないものと解すべきである。これを本件について見ると被告人は当時開業中の医師であつて、原判決が引用する起訴状第二事実掲記の十三種の薬品は市販せられ、麻薬施用者の繁用していたものであつて医師たる被告人にとつてはいずれも名称とその科学的性質自体から、麻薬たることが明らかに認定できるものと解せられるから、原判示のようにこれを単に麻薬と判示するだけで充分である。従つて原判決にはこの点に関する理由不備なく所論は失当である。
同第六点(期待可能性なしとの主張)について。
昭和二十三年度分の申請について被告人が免許申請し、これに対し所論のような事情によつてその中に免許証が来るものと思つていたこと、県当局その他官庁側が右申請に対し、迅速な処理をしないで、同年度分の免許の許諾については通知がなかつたとしても、昭和二十四年度における免許申請は前年度分と別個に申請すべきものであり、前記のように昭和二十三年度分の免許申請が到着してからこれを申請すれば足ると考えて昭和二十四年度分の申請をしないで、無免許の儘麻薬を所持することは、それ自体法規の誤解であり、且医師として怠慢の譏を免れないものであり、被告人としては麻薬取締法規を充分研究し、昭和二十四年度分について正規の免許申請をすべきであつたのであるから、被告人に所論のように期待可能性がない場合であるとは到底いうことはできない。従つて所論は失当である。
同第一点(罰条変更の不当)について。
本件起訴状記載の第二事実に関する罰条中麻薬取締法第三条、第五十八条とあるのに、検察官が罰条を追加変更した事跡がなく、原審もその変更を命じたことがなくて、原判決において、麻薬取締法第三条第五十七条を適用したこと、右第五十八条は三年以下の懲役又は三万円以下の罰金を法定刑とするに反し、第五十七条は五年以下の懲役又は五万円以下の罰金を法定刑とし後者の方が重い法定刑であること、裁判所においては起訴状記載の訴因罰条を基礎として審理し、裁判所がその訴因罰条以外の訴因、罰条で有罪の判決をする場合には、訴因罰条の追加変更を命ずる手続をとらねばならぬこと、右は被告人に充分な防禦の機会を与える趣旨であることはいずれも所論の通りである。右のように罰条の変更を命じないで、重い麻薬取締法第五十七条を適用した原判決は、被告人の防禦に実質的な不利益を与えたものとして、刑事訴訟法第三百十二条の法意に反する違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすものと認められるから、所論はこの点についても理由があり、原判決は破棄を免れない(当審においては検察官に右罰条の変更を命じ、検察官はこれを変更した。)